ロハスという言葉を、初めて知ったのはもう4〜5年前でしょうか。アメリカでロハスという新しいビジネスフィールドが出来ていて、どんどん広がっていると聞き、これはなんだと興味を持ちました。健康をコンセプトにしたビジネスは多くありますが、健康を軸に自分で自分のライフスタイルを作って行き、そのライフスタイルを維持し続けていこうというコンセプトはいかにもアメリカらしい発想だなと感心したものです。でも、このコンセプトを日本に入れるのは、とても難しいことのような気がしました。なぜなら、一時的なブームにはなるかも知れないけれど、日本人の気質というのは、「個」ではないからです。つまり、「私のライフスタイル」よりも「誰々さん」がやっているライフスタイル、もしくは「みんな」がいいと言っているライフスタイルのほうが大切だと考える傾向が強いからです。 しかし、介護保険が変わり、介護予防が重要視されてきてそうも言っていられなくなりました。「私がいつまでも元気でいられるための、私のライフスタイル」が、求められてきたのです。 健康というのは、生理学的にいい状態でいる、ということだけではありません。メンタル的にも、経済的にも、環境的にもバランスの取れたいい状態でいることが、大切です。仮に身体的にも経済的にも問題がなくても、生きがいやアイデンティティーが見い出せずにいた場合、健康度は低くなります。 これが、今後問題視される高齢化社会においての、重要なポイントになると考え、総合的に健康を見つめなおしていく必要があるのです。 その解決法の一つが、ロハスというコンセプトだと思います。
これはとても簡単なお話です。 ウェブ、つまりインターネットのユーザーは、使用条件があるのですか? 公序良俗に反しない限り、誰でもいつでも自由に発信でき、受信できる。それが、インターネットです。特にウェブは、誰でもアクセスして閲覧できるもののはずですよね。ところが、ウェブサイトの中には、どこをどう行けば欲しい情報に出会えるの か分らないサイトがあります。私も、よく迷子になってイライラすることがあります。私は目は見えますし、耳も聞こえるし、手も使えます。でも、もし私が目や耳や手に障害があって使うことが困難だったら、誰でもアクセスして閲覧できるはずのインターネットユーザーの「誰でも」のリストから、私は外れなければいけないのでしょうか?私は、相手にされていないということ? 重篤な障害ではなくても、誰でも歳を重ねると目や耳や手足に不都合が生じてきます。それでも便利に使えるものは、誰だって使いたいはずですよね。 だから、障害があろうがなかろうが、若かろうが歳を取っていようが、誰でも行きたいところへ行って知りたいことを知り、便利に利用できるように配慮しましょうよと国際機関(W3C)がウェブアクセシビリティーのガイドラインを決め、それを受けて日本でも2004年の6月にJIS(日本工業規格)が制定されたわけです。 例えば、駅の長い階段をみんなフーフーいいながら登り降りをしていたとき、足の弱ったお年寄りや車椅子を使っている障害者が、もっと楽に昇り降りできるものがあったらいいなと思い、その結果駅にエスカレーターやエレベーターが出来たとします。その結果、お年寄りや障害者だけではなく、その駅の利用者みんなが楽に昇り降りできました。と、そんなイメージですかね。 駅を使いやすくするために、昇降機を設置する。それと同じようにウェブサイトを使いやすくするために、アクセシブルなものに作り変える必要があります。ソース部分を改良し配慮することで、使いやすいウェブに生まれ変わることが出来るのです。 ウェブの重要性は、見た目の斬新さや技ではなく、何をどう伝え、どう利用してもらうかのコンテンツが勝負のはずです。そのウェブから何を受け取り、どう使うかはユーザーが決めることで、サイトの見た目にこだわるよりも、この姿の見えない不特定多数のお客様に対し、どれだけの配慮(つまりサービス)が出来るかが今後の課題だといえます。 また、ユーザー側も見た目で判断するのではなく、重要なのは何かをキチンと判断できるだけのポリシーを持ってもらいたいと思います。